東京高等裁判所 昭和24年(ネ)262号 判決
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人滝沢百代は控訴人に対し上田市大字上田字鷹匠町五千百三十六番地ノ一所在家屋番号松尾町三十四番木造瓦葺二階建店舗一棟建坪二十九坪七合外二階二十二坪五合附属木造瓦葺二階建物置一棟建坪六坪七合外二階六坪七合を明渡さなければならない。被控訴人宮沢茂は控訴人に対し右店舗の階下東北隅問口一間半奥行二間の部分を明渡さなければならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする」との判決を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示と同一であるから、こゝに之を引用する。
<立証省略>
三、理 由
控訴人が昭和二十二年三月十日訴外田中実から上田市大字上田鷹匠町五千百三十六番地ノ一所在家屋番号松尾町三十四番木造瓦葺二階建店舗一棟建坪二十九坪七合外二階二十二坪五合附属木造瓦葺二階建物置一棟建坪六坪七合外二階六坪七合の家屋を買受け同年五月十五日その所有権取得登記を経由した事実並に之よりさき被控訴人滝沢百代は右田中実の先代亡田中尚賢から前記家屋を期間の定めなく賃借し爾來之に居住し來つたが、右田中尚賢の死亡により、その家督相続をなした田中実において右賃貸借を承継し、次で控訴人が前記家屋を買受けるとともに右田中実の賃貸人たる地位を承継して、茲に控訴人と被控訴人滝沢との間に本件家屋の賃貸借関係が存続するに至つたものである事実はいずれも本件当事者間に爭がない。
第一、前記賃貸借に対する解約申入の効果。
控訴人が昭和二十二年三月二十七日内容証明郵便を以て被控訴人滝沢に対し自己使用の理由にて右賃貸借契約の解約申入をなし該申入書がその頃同被控訴人に到達した事実は被控訴人等の認めるところである。
よつて右解約申入が正当の事由に基くものであるかどうかについて考えるに、借家法第一條の二にいわゆる「自ラ使用スルコトヲ必要トスル場合」とは、その必要性が單に賃貸人について主観的に存在するだけでなく賃貸借の当事者が係爭家屋に関して有する利害関係その他諸般の事情にかんがみ一般社会通念に照らしてその利益を公平に比較衡量したうえにおいて、なおも賃貸人が自ら使用する必要ありと是認された場合でなければならないことは、今や論議の余地のないところであるから、控訴人主張の如く單に自己使用の理由のみを以てしては未だ右解約申入が正当の事由によるものとなすことはできない。よつて進んで叙上説述の趣旨において右解約申入の正当性の有無について調査する。控訴人が右解約の申入をなすに至つた事情については、甲第二号証(郵便官署の作成した部分の成立は爭なくその他の部分は原審における控訴人本人の供述によつて眞正に成立したことを認める)、原審並に当審における証人荒井民次郎の証言及び控訴人本人の供述を綜合すると、控訴人は約四、五十年前、その先代の時代から上田市北天神町千八百八十九番地の現住家屋を訴外荒井民次郎より賃借し同所において手廣く荒物雜貨の卸小賣商を営んできたが、その間賃貸人に対し何等誠意を欠くが如き事態を生じたこともなかつたところ、昭和二十一年五月頃から右家屋の明渡を求められていたので、他に適当なる移轉先を物色中、偶々前記田中実が財産税納入の急に迫られその所有に係る本件家屋を処分しようとしているのを聞知し、茲に控訴人は自ら居住するため前記家屋を買受けるに至り、自己使用の必要上被控訴人滝沢に右家屋の賃貸借解約の申入をなし、その明渡を求むることとなつた事実が認められる。從つて控訴人が荒井民次郎から現住家屋の明渡を請求されている場合、自己使用のため賃借人たる被控訴人滝沢に家屋の明渡を求めるのは一應その必要性があるものの如くではあるが、しかしこの場合においても、この必要性は荒井民次郎の明渡請求の当否若くはその執拗性等に照らして考慮さるべきものといわなければならない。而して荒井民次郎が控訴人に対し現住家屋の明渡を求める理由については、前掲甲第二号証及び前示証人荒井民次郎の証言に徴すると、荒井民次郎は控訴人の現住家屋と同地番に家屋を所有し貸席喫茶店等を経営しているが、同人の娘婿小宮山量平のため控訴人の現住家屋にて書籍商を営ましめる必要上同家屋を使用したき意向なるとともに、他面荒井民次郎居住家屋は近く実現せらるべき上田駅前拡張工事の完成によつて、その三分の一以上が取拂いとなる計画であるので、その際に備えるため控訴人の居住家屋に移轉せんとの心組から、控訴人に対し、右家屋の明渡を求めるに至つた事実が認められる。
しかし(一)荒井民次郎が娘婿小宮山量平をして右家屋を使用せしめんとする点については、成立に爭のない甲第八号証、同じく乙第一号証、前掲証人荒井民次郎の証言(但し後記認定に牴触する部分は採用しない)並に弁論の全趣旨を綜合すれば、荒井民次郎は現在上田市大字常入千八百八十九番地に木造瓦葺二階建総床面積百八十八坪の家屋を所有し家族五名とともに之に居住して貸席喫茶店等を経営し小宮山量平は東京にあつて雜誌編輯の業務に從事して居るが東京にては生活難のため帰郷の意思あり、荒井民次郎も同人をして控訴人居住の家屋にて書籍商を営ましめんとする意向であることが窺われる。右認定を左右するに足る証左はない。叙上の認定によれば仮りに小宮山量平が帰郷したとしても、荒井民次郎方においては一應小宮山一家(夫婦と子供一人)の居住を許容し得る場所的余裕があるものというべきであるばかりでなく、小宮山量平は東京にあつて、一應職業の安定を得ているものであつて、その生活上の苦難の如きも現時の経済情勢の下においては各人の均しくたどつている道であるといわなければならない。しかるに他面控訴人の事情についてみるに、前段認定の如く、同人が約四、五十年前その先代の時代から右家屋に居住して手廣く荒物雜貨の卸小賣商を営んできて、こゝに生活の安定を得てきたものであり、その間賃貸人に対し何等誠意の欠けたこともなかつたものである。かような点を比較衡量して考えてみると、荒井民次郎がその娘婿小宮山量平をして書籍商を営ましめるため控訴人に対し右家屋の明渡を求めることは右荒井の恣意的事情によるものと認むべきであつて正当の事由に基くものということはできない。
次に(二)上田駅前拡張工事に関する点については、成立に爭のない甲第五号証、前掲証人荒井民次郎、当審証人井上柳梧、同春原國一の各証言を綜合すれば、上田駅前拡張工事案は昭和二十年頃以降計画されてきたが、昭和二十四年十月六日上田市議会の決議によつて三千坪の上田駅前拡張案が可決され、その計画案によれば荒井民次郎の居住家屋の一部も工事完成の曉は取拂の運命にあることが認められる。しかし右証人井上柳梧並に春原國一の各証言に徴すると、右駅前拡張工事の着手時期は未確定であつて、ただ昭和二十六年度以降に着手し二年間に完成する予定に過ぎず且つその経費も昭和二十六年度の予算に計上して審議せんとする予定であるにとどまり、確定的の設計図も未だ作成せられていない状態であることが窺われる。叙上の認定に反する前掲証人荒井民次郎の証言及び控訴人本人の供述は採用し難く他に該認定を覆すに足る確証はない。かような状況の下において、荒井民次郎が將來予測せられる駅前拡張工事に備えて、控訴人に対しその居住家屋の明渡を求めることは、緊迫せる必要に基くものとは到底認められないから、叙上の趣旨において荒井民次郎が控訴人に対し家屋の明渡を求めることは正当の事由によるものとなすことはできない。以上孰れの理由からするも荒井民次郎の明渡請求はその正当性を欠くものであるから、控訴人としては当然有効に之を拒否し得るものといわなければならない。更に荒井民次郎よりする明渡請求の執拗性の如何についてみるに、前掲証人荒井民次郎の証言によれば、同人は昭和二十一年五月頃より叙上の如き理由によつて屡々控訴人に対し口頭を以てその居住家屋の明渡を求めていたことは認められるが、同証人の証言によつても明かな如く荒井民次郎と控訴人とは隣同志で眤懇にしていたものであつて、その間荒井民次郎より控訴人に対し苛烈なる明渡請求の手段に出でた事迹を窺うに足る資料はない。尤も前顕甲第二号証によると、荒井民次郎は昭和二十三年七月一日控訴人に対し内容証明郵便を以て家屋明渡の請求をしている事実が認められが、該明渡請求は、本件で問題となつている解約申入の後約一年三ケ月を経過した後に発せられたものであるばかりでなく、右内容証明郵便を差出した趣旨にても、前掲証人荒井民次郎は「駅前拡張工事が昭和二十四年度から始まるとの風評を聞知したので若し工事が開始して移轉先なく困るようでは大変だと思い不本意ながら事前に申入れて置いたものである」旨供述している点から考えると、右明渡の請求は荒井民次郎において迅速にその実現を期せんとするが如き強硬なる態度によつてなされたものでないことが窺われる。從つて控訴人に対する荒井民次郎の明渡請求は控訴人の心理に強圧を加えるが如き苛烈執拗さを以て行われたものとは認められない。右認定に反する前掲控訴人本人の供述は措信し難く他に該認定を覆するに足る証左はない。
叙上の認定並に説明によつて明かな如く、結局荒井民次郎が控訴人に対しその居住家屋の明渡を求めることは正当の事由によるものでなく控訴人としては有効に之を拒否し得るものであり且つその明渡請求も執拗に行われたものではない。しかも、荒井民次郎と控訴人との間の家屋賃貸借契約が合意解約その他の理由により終了したとの的確なる証拠もない(尤も証人荒井民次郎は原審においては「明渡の請求に対し控訴人は明けたいのは山々だが移轉先がないから困るといつていた」旨並に当審では「控訴人は最初のうちは都合ができれば明渡すといつて居りその後は家屋を買うという話となり後には家屋を買つたが明渡して貰えないといつていた」旨供述し又控訴人本人は原審において「私の借家も明渡さなければならないだろうと覚悟は決めていた」旨供述しているが、その各供述の趣旨自体から解約の合意があつたものとは解せられない)。從つて控訴人が荒井民次郎からその借家の明渡を請求せられたので移轉先に充てるため本件家屋を買入れたものであるとの理由のみを以て直ちに本件解約申入の正当性を是認することはできない(尤も控訴人がその居住家屋について賃貸人から明渡の請求を受けているとの事実は賃貸借関係の当事者が係爭家屋について有する利害関係を比較衡量する際において一の資料となるものであることは勿論であるがこの点は後に触れることとする)。よつて本件解約申入の正当性の有無に関し前段説示の趣旨においてその具体的事情をみるに、原審並に当審証人荒井民次郎、田中吉次郎、母、袋勇、新井包藏、田中スギ、原審証人田中ます、水崎喜太郎の各証言、当審における檢証の結果原審並に当審における控訴人本人、被控訴人滝沢百代本人及び被控訴人宮沢茂本人訊問の結果(但し叙上各証言並に供述中後記認定に牴触する部分は措信しない)を綜合すれば、
(一) 控訴人は前記荒井民次郎所有の上田市北天神町千八百八十九番地の家屋に居住し手廣く荒物雜貨の卸小賣商を営み上田市及びその附近において一流の商人として活躍しているものであるが、之に反し被控訴人滝沢は昭和六年三月頃から本件家屋を賃借して女手を以て控訴人と同業の荒物雜貨の小賣商を営んで生計をたてているものである事実 (二)前記田中実は昭和二十二年三月頃財産税納付の急に迫られ本件家屋を賣却しようとして賃借人である被控訴人滝沢に買受方をすゝめたけれども同被控訴人に之が買入の資力がなかつたので交渉がまとまらなかつたところ、偶々当時家屋物色中の控訴人において之を聞知し、被控訴人滝沢の居住していることは知りながらも、賣主の方で、同被控訴人をして明渡せしめるよう努力するとの言明を信じて本件家屋を買入れるに至つたが、その後も同被控訴人は右家屋の明渡に應じないので、控訴人及びその友人等において同被控訴人に対し右家屋を控訴人とともに折半して使用すべきことを提言したが同業の関係から容れられず、又その移轉先を配慮し或いは賣家又は貸家などを斡旋したけれども、いずれもその買入代金の調達不能若くは移轉先が営業上不適当のため等の事情により交渉がまとまらず、被控訴人滝沢自身もまた移轉先を物色したが容易にこれを得ることができなかつた事実 (三)控訴人は現住家屋において古くよりその営業を継続し來りその間何等事業上の支障をみなかつたのに反し、被控訴人滝沢の現住家屋は上田市内有数の商業街松尾町の表通りに面して営業上の地の利を占めて居り、若し同被控訴人にして他所に移轉せんか、営業上被るべき損害の測るべからざる状況にある事実、並に被控訴人滝沢は賃借人として從來より本件家屋の賃貸借関係につき賃料の支拂その他の点において何等誠意を欠いたことなく、ただ本件解約申入について紛爭を生じてからは毎月の賃料を供託しているに過ぎない事実をいずれも認定することができる。前示措信しない各証言及供述を除いては他に右認定を覆すべき証拠はない。されば叙上認定の各事実から考えると、控訴人として本件家屋を自ら使用する必要の程度は軽微であるに反し、被控訴人滝沢がその営業を持続して行くうえにおいて右家屋を必要とすることは到底控訴人の比でなく、同被控訴人にして右家屋の明渡をなさんか、現時家屋拂底の折、他に適当なる家屋を求むることが極めて難事に属するは明白にして、ために同被控訴人の営業の基礎を危殆ならしめ甚大なる損害を被らしめる結果となることは火をみるよりも明かである。しかも借家法において保障せんとするところは、單に家屋居住自体の安定のみにとどまらず、右居住に伴い生ずる営業上の場所的利益をも保護せんとする趣旨と解すべきである。叙上の場合において、一般社会通念に照して考うれば、控訴人は本件家屋賃貸借契約の解約申入をなすにつき正当の事由がなく、該解約申入は賃貸借関係終了の効果を生ずるに由なきものといわなければならない。尤も前掲檢証の結果並に弁論の全趣旨に徴すれば、本件家屋はその居住者の員数に比し些か廣きに過ぎ相当場所的余裕あるが如くに観ぜられるが、本件の如く専ら営業用の店舗という観点から関係当事者間の使用利益の衡量をなさんとする場合においては、その居住人員と家屋の廣狹の比例などの如きは解約申入の正当性を判断するにつきさまで重要なる資料となるものではなく、又前段認定の如く控訴人は右家屋の明渡を求むるに当り被控訴人滝沢との間に相当情誼をつくした折衝をなしていることは充分諒とせられるけれども、同被控訴人においてその交渉を受諾せず明渡に應じなかつたことについては相当事情を酌量すべき余地のあつたことも前叙認定の通りであるから、同被控訴人の態度に誠意を欠くものがあつたとして、之を以つて解約申入の正当性を裏づける理由となすことはできない。更に控訴人が前述の如く荒井民次郎から居住家屋の明渡を求められているため本件明渡請求を決意するに至つた心情は之を諒とするに足るけれども、右荒井民次郎の明渡請求自体の事由を欠き控訴人において有効に之を拒否し得るものである以上、この事実を以て本件解約申入の正当性を肯定するに足る資料に供することはできない。その他控訴人提出援用に係る各証拠を以てするも、右解約申入が正当の事由に基くものであることを是認すべき事情を認定するに足りない。以上の次第であるから、控訴人の本件賃貸借は解約申入により終了に帰したものであるとの主張は採用することはできない。
第二、前記賃貸借に対する無断轉貸による解除の効果。
被控訴人滝沢百代が本件家屋の店舗のうち階下東北隅間口一間半奥行二間の部分を被控訴人宮沢茂に轉貸し、同被控訴人が同所に居住し印判彫刻業を営んでいることは本件当事者間に爭なく、原審並に当審証人田中スギ(但し後記認定に抵触する部分は措信しない)、原審証人田中ます、水崎喜太郎の各証言、原審並に当審における被控訴人滝沢百代及び同宮沢茂の各本人訊問の結果(但し後記認定に反する部分は採用しない)を綜合すれば、被控訴人滝沢は昭和二十一年五月頃本件家屋の一部を前記のように轉貸したものであるが、当時賃貸人であつた田中尚賢は茨城縣久慈郡大子町に居住していた関係上、同人の実母田中ますがその保管を託せられ代理人として右家屋の使用收益処分等一切の権限を持つていたところ、被控訴人等は右轉貸借に際し田中ますの明かな承諾を得なかつたけれども、当時同人と被控訴人滝沢とは隣組として親しく交際して居り、從つて田中ますは右轉貸の事実を知りながらも從前通り賃料を受領し來たりその間敢て異議を述べなかつたばかりでなく、被控訴人宮沢も轉借当時手土産を持参して田中ます方に拶挨に赴いたところ、同女も快よく右手土産を受領し格別異議をとどめなかつたものであり、その後同被控訴人は田中ます並に田中尚賢の妻である田中スギから再三印判の彫刻を依頼せられた事実のあることが認められるから、右轉貸借については、当時賃貸人の代理人であつた田中ますより暗黙のうちに事後承諾を得たものと推認すべく、該認定を左右するに足る確証はない。從つて右轉貸借は賃貸人たる控訴人に対する関係においても依然として有効に存続しているものであるから、控訴人が本訴において右轉貸借を理由として本件賃貸借契約を解除したりとする主張は到底採用できない。
第三、以上孰れの理由よりするも、本件賃貸借契約は未だ終了しないものであるから、賃借人たる被控訴人滝沢に対し本件家屋の明渡を求むる控訴人の本訴請求は失当である。又被控訴人宮沢は前述の如く本件家屋の一部を適法に轉借しているものであつて右轉貸借は前述の如く本件賃貸借関係を承継した控訴人にも有効に対抗し得るものであるから、同被控訴人に対し不法占拠を理由として右家屋の明渡を求める控訴人の請求は排斥を免れない。
第四、次に控訴人は「本訴において被控訴人宮沢に対し轉借部分の明渡を求めるものであるから、同被控訴人に対し本件訴状の送達により解約の申入をなしたものというべく爾後六ケ月以上を経過した今日控訴人と同被控訴人との賃貸借関係は終了したものである」と主張する。しかしながら、適法なる轉借人は賃貸人に対し轉借物の保管、返還その他賃料支拂等につき直接義務を負担することは勿論であるが、賃貸人と轉借人との間に賃貸借と同一の法律関係を生ずるものではなく、しかも所論解約の申入なるものは賃貸借契約の存在を前提としその終了を目的としてなされるものであるから賃貸人は直接轉借人に対し有効に解約の申入をなすことを得ないものと解さなければならない。從つて本件において賃貸人たる控訴人が轉借人たる被控訴人宮沢に対してなしたる本訴解約の申入はその効力を生ずに由なく、右解約申入の適法なることを前提として同被控訴人に対し明渡を求むる本訴請求は、その主張自体失当であつて、之を排斥するの外なきものである。
果して然らば、控訴人の被控訴人両名に対する本件家屋の明渡を求める本訴請求は孰れの理由から考えても是認することができないから、之を棄却すべきものとする。
されば右と同趣旨に出でた原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四條、第九十五條、第八十九條に則り主文の如く判決する。
(裁判官 渡辺葆 浜田潔夫 牛山要)